「溶鉱炉に沈んでいくシーン」の意味や使い方について

Twitterなどを見ていると、「溶鉱炉に沈んでいくシーンは涙無しには見られなかった」という表現に出会うことがあります。
もちろんこのシーンは、映画「ターミネーター2」のラストシーンで、アーノルド・シュワルツェネッガー演じるT-800が溶鉱炉に沈んでいくシーンのことを指しています。
でも、この文章で使われているのは「ターミネーター2」の話題ではなく、他のアニメや映画の話題の後に続けて、この「溶鉱炉に沈んでいくシーン~」という文句が加えられていますよね。
これは2012年あたりからTwitterで使われ出した表現ですが、始めてみた場合は意味が分からない方も多いと思います。
そこで、「溶鉱炉に沈んでいくシーン」の意味や使い方について説明しますね。

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「溶鉱炉に沈んでいくシーン」の意味

映画やアニメの感動するラストシーンを表現する時に使います。
特に、まだ見ていなかったり、適当に観ていたのでラストシーンをはっきりと覚えていない場合にネタとして使われることが多いようです。

表現はテンプレート(テンプレ)化していて、
「○○は感動した。特にラストシーンで○○が親指を立てながら溶鉱炉に沈んでいくシーンは涙無しには見られなかった」
などと使用されます。

「感動した」は「良かった」と変更されたり、「沈んでいく」は「飛び込む」に、「涙無しには」は「泣きそうになった」に変更される、前半の「特にラストシーンで」や後半の「シーンは涙無しには見られなかった」は省略されるなど、使う方によって変化し、色々なバリエーションが生まれています。
「溶鉱炉に沈む」という元ネタが伝われば問題ないようです。


Twitter

「溶鉱炉に沈んでいくシーン」の使い方

劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 叛逆の物語、面白かった。
特に、ラストシーンで暁美ほむらが親指を立てながら溶鉱炉に沈んでいくシーンは涙無しには見られなかった。

あれでしょう、ラウバーンが溶鉱炉に沈んでいくシーンは涙なしには見られないっていう。

ベイマックス面白かった! 特にベイマックスが親指を立てながら溶鉱炉に沈んでいくシーンは涙無しには見られなかった。

特に、ラストシーンで剛力彩芽が親指を立てながら溶鉱炉に沈んでいくシーンは涙無しには見られなかった

「溶鉱炉に沈んでいくシーン」のまとめ

「溶鉱炉に沈んでいくシーン」はTwitterから広まったネタ的な表現であることがわかりました。
2013年ごろに最も盛んに使われていたみたいですが、現在でも使用されている方もいるので定着している表現と言えそうですね。
いちおう意味は説明しましたが、ネタ的な表現ですので、その場の雰囲気が楽しめればそれでいいのではないでしょうか^^

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